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シュナイゼルがはじめてニッポンの土を踏んだのはクルルギゲンブという男が幾度目かの首相に当選したためだ。
もう何年も前になるが、ブリタニアからすれば取るにたらない辺境の島国でしかなかったニッポンを列強国に仕立てあげたのがこの男だ。彼が首相に就いてからというもの従来の方針とは真逆に転進し、見る見るうちに頭角を現してきた。
クルルギゲンブが野心家であることなど火を見るよりあきらかだ。つまらない芽は早めに摘んでしまうべきだと父帝じきじきにせっつかれた当時のシュナイゼルは不謹慎にもなかば楽しみつつニッポンを訪れた。
ニッポンといってまず特筆されるのは四季だ。ブリタニア本国より南寄の北半球に位置するあの島はゆるやかながら三ヶ月ごとに季節が移ろっていくのだ。そして世界有数の火山大国であること。島の位置するのはちょうど地盤同士がぶつかりあいもぐりこむところであるために年中地震が絶えず、その代わりに温泉というものが湧いている。他国に温泉がないわけではないがやはりニッポンのものには劣り、もともと湯にはいるという習慣がないブリタニアでも疲労回復の効果があるという温泉はたいへん魅力的でメジャーな観光地だった。
国自体はそこそこマイナーであるのに温泉といえばだれもがニッポンとわかる。とくに四季の美しさが顕著になる時期になるとニッポン行きの便はチケットが取れなくなるのが通例だ。
そのことを帝王学の息抜きに読んでいた旅行雑誌(侍従長に適当に買いに行かせた)で知っていたシュナイゼルにすればこのニッポン訪問は願ったり叶ったりだ。ただしシュナイゼルが楽しみにしているのは観光でも温泉でもなく、たんにニッポンという国を見ることだ。ブリタニアほどではなくともあの小国には数えるのもいやになる人数の血が染みている。それは、それだけの歴史があるということ。
そう、シュナイゼルはただ知りたいだけなのだ。知らないことを知りたい。子どものような欲求を芯としなければ第二皇子などという堅苦しい立場の人生なんて飽きていたことだろう。帝位に興味がないわけではないが、もし継承することになったとしたらせめて世界の七不思議をすべて知ってからがいい。
世の中は必然でまわるという。この惑星ができあがって幾星霜、推測でしかない最初から知ることのできない――なぜならシュナイゼルとて一介の人間でしかないのだからそれは当然だ――最後まで「万物のスキーム」に書かれているらしい。もし偶然があるとすればそれは神が気まぐれで書き足したものか、あるいは執筆時の誤字脱字にあたるのだろう。
つまるところ、この出会いもまた予定調和でしかないのだろうとなかなかファンタジーめいたことを思いたちながらシュナイゼルはこの状況をさてどう打開しようかと考えあぐねていた。
ここはクルルギ本家、目の前にはピンクに褪せた黄色とファンシーな色あいの洋服を着た子ども。ニッポン人の大半は童顔だと聞いているからおそらくこの子どもは男の子なのだろう。シュナイゼルの弟たちも粒ぞろいだが彼らとはまたちがった魅力がある。野性的というかむき身というか、とにかく本国にいたのでは知らないままで終わったかもしれないそれ。
父親とは似ても似つかぬその容貌、しかしどこか暗くかげっているみどり色の目だけが爛々とかがやいている。シュナイゼルの身分を正確に理解しているのであろう、憎悪や悲哀が溶けてまざったその目はケモノを思わせた。
たとえば百獣を統べる獅子。
たとえば醜いできそこない。
さまざまな感情がないまぜになり渾沌としているのがありありとわかるのに子どもは傍目にはひどく安定していた。興味深い。シュナイゼルのわるいくせだ。
今回の訪問は終戦調停でもなければ慰安訪問でもなく、かといってプライヴェートでもない。
シュナイゼルは弟妹を迎えにわざわざクルルギ本家に赴いたのだ。しかしそこにいたのはクルルギゲンブの息子だけであり、いとしの弟妹たちはどこかのだれかに一歩先を越されたらしい。かといってそのまま帰るわけにもいかない。
弟妹はおそらく見つかるまい。ならば死を偽造するまで(生きているのであれば見つからないかぎりそちらのほうがはるかに安全だ)と思い、父帝への手みやげ――本音を言うのならば意趣返しとひまつぶしに子どもを持ちかえった。シュナイゼルとて誘拐犯になるつもりは毛頭なく、いちおう子どもに了解をとったところ彼は一度だけうなずいた。どうやら彼にも思うものがあるらしいのだが、以前に見かけたときよりもクルルギのせがれは凶暴さを増していた。