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転校生が来るらしい。その噂を親友のナビィから聞いたのは偶然にも四月一日の事で、アイオはほとんど信用していなかった。
担任であるハピ先生はホワイトボードの日付の下にやや角張った字で週番の名前――今週はエルフィンだ――を書いて、手を前で組んでぼんやりとしている女の子の肩に手を置いた。ずいぶんと線が細い子だ。たまに町で見るチャイナコートをアレンジしたような紺のワンピースすがたで、すらりとした手足は冬に吐く息のように白い。顔立ちも整っていて、片手で収まってしまいそうなほど小さい。服よりも青みがかったまっすぐな髪は腰の辺りで切り揃えられ、左右の一房ずつが前に垂らされている。長い睫毛に縁取られた双眸は上物のトパーズのような見事な黄橙色。
誰が見ても息を漏らすような見た目に反してかもし出す雰囲気は控えめだ。その微妙なミステリアスさがアイオには気に入った。ちらりと後ろを見ると頬杖をついたナビィが口笛を吹いた。彼も彼女が気に入ったのだろう。
ハピ先生は女の子の肩を叩いて教室を見まわす。
「彼女は越してきたばかりでこの辺りに慣れていない。慣れない気候で体調も崩しやすいそうだから、あまり騒がないでやってくれ。席はアイオの隣だ」
アイオは驚いて目を見開いた。二人掛けの机は他に開いていて、まさか隣になるとは思ってもいなかったからだ。後ろにいるナビィが悔しそうに背中を小突いた。
ハピ先生に二言三言告げられた女の子は滑るような動作でアイオの横に立った。意外な事に背が高い。女の子は身体を軽く頭を傾けて会釈した後で席に収まった。
女の子が座るのを見て、ハピ先生は持っていたファイルを開いた。
「今日の授業は私の都合で三限までだ。ホームルームは行わないから用がない者は帰るように。以上」
「先生」
クラスで一番の目立ちたがり屋のチェルシーが手を挙げて立ち上がった。
「彼女は何という名前なのですか?」
「それは本人に聞きたまえ」
ハピ先生は授業の資料を取りに行くために脇目も振らずに教室を出て行った。授業が始まるまであと十五分ほどしかない。それでも生徒たちはわっと女の子のまわりに集まった
*
翌日、アイオはシリカを迎えに行くためにいつもより一時間も早く家を出た。
知らない道に足を踏み入れるのはなかなか気骨がいるもので、それは行き交う人の目が不審そうでよそよそしく感じるからだ。しかし、今の時間帯が朝だからなのか曇り空だからなのか、くすんだ建物の多い界隈はがらんとしていた。その所為でますます古びた印象が強くなる。実際、古めかしい建物が多かった。元は白かったであろう壁は灰色っぽく煤けていたり、錆びた窓の手すりや門には濃い色の蔦がからまっていたりする。
十字路を横切ろうとしたところで、右目に眼帯をした細身の少年とぶつかりそうになった。彼はひょいとその場から飛びのいて、不機嫌そうに片目にすがめた。その態度が癪に障り、アイオは少年に噛みついた。
「急に飛び出してきて危ないぢゃないか」
少年は特に何も言わない。心底面倒だという表情をしながら時々右耳をぽんぽんと叩いている。
「どうしたの、ライカ。何かあった、」
「シリカ、」
少年が初めて口を開いた。アイオが想像していたよりもいくぶんか低い声だった。もしかしたら声変わりを終えているのかもしれない。
陰から姿を現したのはシリカだった。道と道とが交差するところまで出てきて初めて彼女はアイオに気がついた。不機嫌そうなライカから状況を読み取ったのか、すぐさま申し訳なさそうに笑みを浮かべて頭を下げた。慣れたような対応に面食らったアイオは声を荒げる。
「なんで君が謝るのさ。悪いのはこいつなんだから、こいつに謝させればいいだろう」
ライカは明らかに気を悪くしたようで、片目でアイオを見下ろした。鉢合わせた時から思っていたがライカはとても背が高い。シリカと比べても頭一個分は差があった。小柄なアイオはそれも気に入らず、さらに声を大きくした。
「先行く」
「そうですか。お昼は戻られますか」
「ああ」
「わかりました。それではお気をつけて」
「何だよ、あいつ。気に入らないな」
「兄なんです」
あっさりとした答えにアイオはぎょっとした。くすりと小さく微笑んでシリカは小首を傾げる。
「とは言っても双子なのですが」
「双子、」
唖然とした様子で呟いたアイオに頷く。
「ええ。無口で不器用ですけど、優しいひとなんです」
はにかむようにシリカは笑んだ。今日は左右の髪を頭の後ろでまとめていて、顕わになっている頬は淡く色が差していた。
それが面白くなくて、アイオは鼻を鳴らした。
「ふうん。それにしても似てない兄妹だね」
「兄は母譲りの毛色をしていますから。ほら、見事な黒だったでしょう。私は父に似て青みが出てしまいました」
シリカは前髪を引っ張った。
「綺麗な藍色じゃないか」
頬にかかっていた髪を引っ張りながらアイオは羨ましそうに言った。母親は赤褐で父親は白金なのに、どうしてかアイオは金茶色なのだ。どうせなからシリカのような藍、もしくはライカのような黒がよかったと改めて思った。
ライカの片目は金色だった。艶やかな黒い髪と鋭い光を湛えた黄金の対比は素晴らしい。シリカも似たような色合いだがどちらかというと柔らかい感じがする。
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長野まゆみ女史風に書いてみようとして撃沈した2007年4月の作品がでてきたのでリサイクル。
どうオチをつける気だったのかわからない。
むしろ長野女史風なオチにするならライカ×アイオでガチしか(ry