「今日こそ白黒つけてやる……!」
「あは。時代はカラーなのに? 古いね」
ルルスザでも貞53でもアレロクでもいいけど、腹立つ
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しゃきん。刃をひろげたハサミになんとなく首をはさんでゆるゆる閉じる。ひやりとしたのを感じたなら一時停止、しばらくしてからもう一度ひらけるところまで刃を動かす。そして静止。思い出したみたいに今さら過ぎる鏡に映るあられもない状況をにらみつけた。
ハサミは昔から比較的好きなもので。今考えてもだいぶな危険思考なのだがカッターナイフよりも身近でより危険なそれは刃が二枚というフォルムと相まってお道具箱の住人のなかでも一等お気に入りだった。同等の理由でカトラリーならばナイフよりフォーク、フォークよりもスプーンだ。スイカをくり貫く要領で目玉が取れると知ったときはグロテスクながらもむだに感動してしまった。
首をはさんだところで切れはしない。皮膚というのは意外に丈夫だ。熱湯をかぶったところで爛れるだけで治癒していくし、肉を削いだところでそのうち治る。刃はすべらなければ切れない。だからこの行動に意味はない。
ハサミの銀色に茶がかった髪が重なってうっかりしたら切ってしまいそうだ。自分としてはどうでもいいけれどこのくるくるした髪を気に入っている奇特な人間がいないでもないからそれなりに気を使っていて。
「けっきょくは戯言なんだけど」
つぶやいてハサミを下ろす。鏡に映る人間も首からはなしたから、とりあえず彼を殺さずに済んだ点はいいとしておこうと思う。閉じたハサミの刃をつかむ。ひやりとつめたいそれを背後の壁に投げつけた。まだ死なない。
スザクでもニールでも
ハサミが好きなのはわたし
でもスプーンよりフォークが好き
「常識なんてだれの常識? ふつうってなにに準拠して言うのさ。だいたいねえ、常識なんていうのは条件反射だよ。たとえばコンビニの前で犬が伏せてたらそれは飼い犬で、だれも野良犬だなんて思わないし、網棚に大学図書館のレンタル袋が置いてあったらそれは不審物じゃなくて忘れ物、空き缶入れにペットボトルがあればルール無用で捨てられたただのごみ。こう考えるのでふつうで常識的だ。でもそれってその状況がそう考えさせるわけだから常識は条件次第で変わるものなんだよ。わかったかい、ルルーシュ」
「ああ、わかった……だがこの状況においてそれはただの屁理屈だ!」
「頭かたいなあ、きみは。カレンと徹ゲーして寝オチしただけじゃないか」
「そ、れ、が! 非常識だって言ってんだろうがこのすっとこどっこい!」
(ゼンマイ式未来型少年只今充電中につき、 / 久しぶりなのにこんなノリ)
なにやらやたらとご機嫌な様子でスザクは白いねこじゃらしを左右にぷらぷらさせている。最初はスザクなどにかまわれてやるかとでも言いたそうな態度でかたくなにそれの誘惑を振り切っていたアーサーも今となっては形なしだ。所詮は猫。ねこじゃらしの効力を侮ることなかれ。
「かーごめ、かごめ」
いつもならハミングでとどめられているのに、本当に今日はめずらしい。彼が口ずさんでいるのはなんの偶然かルルーシュが夢に見たそれで、ふと思い当たって今朝からずっと考えていたことを尋ねてみた。
「なあ」
「んー。なに、ルルーシュ」
「昔、その遊びをしていた子どもたちを見かけたことがあったよな」
「一度だけね」
ルルーシュとスザクと、自身が背負ったナナリーの三人で遠巻きに見たあの遊び。まんなかにしゃがんでいたのは長い三つ編みの少女だった。子どもながらにあれは儀式めいて見えて、ルルーシュには少女を生贄にして悪魔かなにかを喚び出すのかと思った(そしてきっと自分とナナリーは殺されるのだろうと)。でもその想像ははずれて、ルルーシュもナナリーも生きている。当然だ。あれは子どもの遊びなのだから。しかし、
「あの子はどうなった」
スザクはこちらを振り向かない。ねこじゃらしは揺れている。
「かえってこなかったよ」
笑うような、泣きたいような。どこかあきれたようにばかにするような声がわずかに強められていたことに気づけないほど、ルルーシュも愚かではなかった。
未だ五月の上旬だと云うのに太陽は情け容赦無く地球に於ける己の存在意義を全うし、頼んでも居無いのにアスファルトの地面を焦がした。じりじりと照り付けられた肌は赤みを帯びて汗ばみ、汗が後から後から噴き出して来る。
予想外の暑さに黒髪の青年は襯衣の袖口で額を拭った。
もうの手には骨董調の旅行鞄。今となつては使う者が少ない様に思える其れは青年に馴染み、ぱりつとした開襟襯衣に黒の下穿きと云つた出で立ちからも育ちの良い事が窺える。
瓦屋根の母屋が軒を連ねるその路地は酷く閑散としていた。
太陽は疾うに頂点を退いたと云うのに聞こえて来るのは多種の蝉の声許りで直前まで聞こえていた喧騒が丸で嘘の様。まさかと思えど此の世で無い所へ紛れてしまった気さえする。
青年は路地の真ん中で立ち尽くし、鞄を下ろして、くしゃゝゝゝに丸めてあつた紙切れを慎重に伸ばした。
筆圧を感じられ無い細い字で書き付けられている住所は周囲の電信柱に貼られてあるのと同じ物。然し目的の家屋は一向に見当たらない。
矢張り意地を張らずに迎えて貰うべきだつたかと青年は嘆息する。
「……っ」
視界がぶれた。無様にも引繰り返りそうになる身体を留める。
不意に閉じた瞼を押し上げると逆光に立つ影が一つ。
「怖いのか」
長い髪は風に吹かれても揺れず、表情のない目がじいと此方を見ていた。
「怖いのだな」
音が耳に返って来る。其の時まで消えていた事すら感知していなかつた青年は目を見開き、瞬く。影は消えた。
余りの眩さに今度こそ身体が後ろのめりに傾き、然し為す術も無く衝撃に備えかけ、
「大丈夫ですか」
柔らかな声に支えられた。
抱きかかえられている状態に青年は息を呑む。
布を隔てに触れている部位が妙に冷え、次いで燃えた様に熱くなる。
「立てますか、」
青年は手を借りて立ち上がる。
「済まない……」
「否」
青年を支えたのは丁度同じ頃合いの男だ。
縦縞柄の襯衣の袖を肱まで捲り上げ、傍らには満たされた桶が有る。綿菓子の様な鵄色の髪は短く、浅黒い肌は如何にも健康そうだ。男の背後の戸が開いている所を見るに、どうやら此の界隈の住人らしい。
「この暑さだ、日射病にでも成つたんでしょう。どうぞ上がつて休んでは如何です、」
「否……大丈夫だ」
「その様には見えません。――嗚呼、酷い顔だ」
男は心配そうな面持ちになり、ふと青年に手を伸ばす。冷んやりした指先が頬に触れた。
反射的に青年は其の手を払つた。
「あ……」
「失礼。異人さんでいらつしゃつたのですね。御無礼な事を」
然し男は気にした風も無く、眉尻を下げ、謝罪を口にした。そして目聡くも青年が握る紙切れに気が付き、すいと長い指を寄せる。
「此処をお探しで、」
「ああ」
「ならば連れて差し上げます。一人で歩くには此の路は些か不親切ですから」
青年は少々躊躇つたが向かう先の主人と交した約束の時間は刻々と迫る。元より尋ねやうと思つていたのだ。顎に宛てていた拳を払い、青年は頷く。
「では頼もうか」
「はい」
男も又頷き、桶を玄関口に寄せて戸を閉めた。
◇
留学生ルルーシュ、分けありスザク。
自発的には続きません。